宮沢賢治『イーハトーボ農学校の春』の「太陽マジックのうた」

宮沢賢治

以前こちらの記事でちょっとだけ触れたことのある、宮沢賢治作『イーハトーボ農学校の春』には、文中に楽譜が織り込まれています。

「太陽マジックのうた」とされる楽譜のメロディーを追ってみると、「通りゃんせ」や「かごめかごめ」などの童謡を思い出すような、なんとも古くて、また日本独特の音階によるちょっと陰りのある趣きを感じました。

『イーハトーボ農学校の春』がどんな内容か読んでみたところ、冬が終わり暖かな春の到来を喜ぶ様子が描かれていました。

冬中いつも唇が青ざめて、がたがたふるえていた阿部時夫などが、今日はまるでいきいきした顔いろになってにかにかにかにか笑っています。

もう誰だって胸中からもくもく湧いてくるうれしさに笑い出さないでいられるでしょうか。そうでなければ無理に口を横に大きくしたり、わざと額をしかめたりしてそれをごまかしているのです。

こんな感じの描写にしっくり馴染むには、「太陽マジックのうた」は陽気で明るい響きのはず。そう思った私は、思い切って日本伝統の音調からこのうたを切り離してみることにしました。

宮沢賢治が音符に残したメロディーはしっかり尊重したまま、それが現代的で明るいコード進行に乗るようにしました。目指したのは海岸やリゾート地で聴く軽快なスムース・ジャズのようなノリです。

「太陽マジックのうた」(宮沢賢治作『イーハトーボ農学校の春』より)

イントロは以前作った『星めぐりの歌』『雨ニモマケズ』のために作ったフレーズを使用し、そこにサックスで新しいフレーズをかぶせて太陽の輝く青い空と陽気なムードを表現したいと思いました。

『星めぐりの歌』 宮沢賢治 Star Circling Song 輝野和昭

それでいながら、中盤では森林の日陰りの中の神が宿るような神秘的な雰囲気も出したく短調に転調させています。

さて、私なりの「太陽マジックのうた」は、果たして宮沢賢治さんに気に入ってもらえるのか? それは私が彼と同じあの世に行くまで答えは聞けません。

宮沢賢治はベートーベンの真似をしてポートレートを撮った人ですが、そのベートーベンは14歳年上のモーツァルトに憧れていたそうです。

そのモーツァルトさん、実は最初の頃はあまり評価されなかったそうです。厳格な雰囲気が好まれる傾向にあって、明るく陽気なモーツアルトの旋律は支持されない時代があったのだとか。歴史に残る史実がどこまで真実かわかりませんが、サリエリさんから強い嫉妬も受けています。

時代の流れの中で評価が変わっていくこともある音楽。宮沢賢治が生きた時代、賢治さんの周辺でどんな音楽が好まれたか、それを尊重するという道も考えましたが、今回は「もし宮沢賢治が現代に生きる人だったら」と考えてみることにしました。

少し翳りを感じることもある日本独特の古い民謡的な響きを、垢抜けた陽気さで演出した場合、新し物好きだったらしい宮沢賢治が今の時代を生きる人だったら、気に入ってくれはしないだろうか? との思いで作りました。

「太陽マジックのうた」(宮沢賢治作『イーハトーボ農学校の春』より)

賢治さんが好きだった交響楽の響きは後半で全開します。「ごうごうごうごう鳴っています」という「太陽マジックのうた」を表現するために、ラストはもうオーケストラの様々な楽器の音色が目一杯かぶさっています(聴いている側にはほとんど意識されないことでしょうけれど)。

今回はクラッシック的な趣きを外れて、『イーハトーボ農学校の春』の文中に込められた ”笑い出すほどの喜び” にスポットを当てて、ポップに洒落た感じを目指しながらサックスをフィーチャーしました。このサクソフォンという楽器、クラッシックのオーケストラの中では実は登場することが少ない楽器です。

ジャズの世界ではよくメインを飾るサックスですが、交響楽の中ではその音色は他の金管木管類の音に埋もれてしまうのだとか。(とは言っても、サックスが効果的に起用された交響楽がないわけではありません)

というわけで、後半のオーケストラの音の盛り上がりの中、サックスをメインにまとめ上げる際のミキシングは、ちょっとした難関でした。おかげで、フレンチホルンなどの音を控えめにせざるを得ず、非常に数多くの楽器が一斉に盛り上がっていくことのバランスの難しさを体験しました。

コロナ・ウィルスの猛威などまだ気にも留めていなかったうちから音楽もビデオ撮影も準備を始めていたところへ、今回のコロナ騒動。春の到来の喜びを綴る『イーハトーボ農学校の春』に合わせて、この春に公開を予定していたところに、どうしてコロナ騒ぎになってしまうのか、トホホな運命の中での公開です。

しかも宮沢賢治が生きた激動の時代にはスペイン風邪の国際的大流行があり、賢治も妹のとし子も肺を患ってなくなっているという・・・なんなんでしょう、この偶然・・・

もう、笑い出すほどの春の喜びで跳ね返すしかありません。

撮影中は、親子連れの登山者やキャンパーや山菜摘みの人々を見かけながら、和みある雰囲気の中で、あちこちの野山を歩きました。その時はこの緊急事態宣言など思ってもみないことでした。

とりあえず、美しい自然の景色が撮影できたことに感謝。こうしたものが、いつまでも美しく残り続けることを願っています。

それなりに重さのあるサックスを持ち歩いて、足場の安定しない場所でサックス演奏してくださったMr.マジック様、お疲れ様でした。はじめは農業者の格好で麦わら帽子に作業着で田んぼの畦道に立ってもらったり、あれこれ振り回してしまいましたが、ご協力に感謝しています。

『忍たま乱太郎』『クレヨンしんちゃん』『名探偵コナン』など数々の作品で声優を務める池田知聡様、お忙しいスケジュールの中で感情豊かな素晴らしい朗読を作品に添えてくださり、誠にありがとうございました。

また、楽器や音楽の様々について親切丁寧なサポートをしてくださる楽器店のスタッフ様方にも大変お世話になり感謝しています。

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